性依存症とは何か

医学的な観点・臨床現場で用いられる概念・当事者が感じる主観的体験・研究モデルをすべて統合し、「性依存症」という言葉が指しているものを最新の知見に基づいて体系的に解説します。※重要:現在、医学の正式診断名ではありませんが、臨床現場・自助グループ・患者教育では依然として広く使用されています。


1. 「性依存症」とは何か?

◆ 非公式用語だが広く使われる概念

  • 性依存症(Sex Addiction)は、DSM(米国精神医学会)やICD(WHO)で公式採用されていない概念です。
  • しかし、臨床現場では「自分は性依存症だ」と訴えて受診するケースが非常に多く、ひとつの臨床現象を指す一般語として確立しています。

◆ 指すものの中身

一般に「性依存症」という言葉は:

“本人が望む以上に性行動が止められず、その結果として生活や人間関係、仕事、社会的機能に重大な悪影響が出ている状態”

を指します。

※ここでいう“性行動”には自慰、性交、複数パートナー、売買春、ポルノ視聴、チャットセックス、出会い系など広範な行為が含まれます。


2. なぜ「依存症」と呼ばれるのか?

◆ 患者の主観体験が他の依存と似ている

多くの人が以下の体験を語ります:

  • 「頭の中が性でいっぱいになり、仕事に集中できない」
  • 「止めたいのに止められない」
  • 「一時的に満たされるが、すぐまた欲求が湧く」
  • 「もっと刺激的で強い刺激を求めてしまう」
  • 「行為後に自己嫌悪や後悔が強烈」
  • 「日常生活が崩壊しているのに繰り返してしまう」

これは物質依存(アルコール、薬物)や行為依存(ギャンブル、ゲーム)に似た欧米型の依存症語彙であり、ここから「依存」という一般表現が生まれています。


3. しかし医学的には「依存症」ではない理由

WHOは2018年に、新診断CSBD(Compulsive Sexual Behavior Disorder)を導入しましたが、その分類は:

衝動制御障害(Impulse-Control Disorders)

であり、

依存症(Addiction)ではない

という立場です。

背景には科学的理由があります:

◆ 科学的証拠の不足

  • 性行動において、耐性(どんどん強い刺激が必要になる)離脱症状(行為を止めたときの禁断症状)が薬物のように明確に体系化されていない。
  • 病態を測定するバイオマーカーがない
  • 文化倫理の影響を排除しづらい(罪悪感が病像に見えることがある)。

このため、医学・診断学的には「依存症」と断定できない、とされています。


4. 依存モデル vs 衝動モデル

結論から言うと:

患者の主観体験は「依存症」的
科学的概念は「衝動制御障害」的

という両面を持つため、二重構造になっています

◆ 依存症モデルの主張

  • 性行動は脳報酬系を刺激する。
  • ドーパミン快楽回路のハイジャック。
  • 耐性(刺激の増加傾向)が見られる。
  • 行為後の渇望・再発パターンが依存症サイクルと同じ。

◆ 衝動制御モデルの主張

  • 感情調整(不安、孤独、ストレス)を性行動で代償している。
  • 衝動に対する抑制機能の低下が中心。
  • 中核は制御不能(Control loss)
  • 強迫性、反復性、日常破綻。

多くの研究者は両方を統合するモデル(Dual Process Model)を採用しています:

  • 衝動(欲求)↑
  • 制御(抑制)↓
    → 結果として止められない性行動が生じる。

5. 「性依存症」という言葉の問題点

(1) 文化・倫理に左右される

  • “常習的な性行動”に対する罪悪感が病気と誤解されやすい。
  • 宗教や倫理観で、本人が“病気だ”と思い込むことがある。

(2) 病名として未整備

  • 診断基準がバラバラ。
  • 「専門家によって定義が違う」。

(3) スティグマとレッテル化

  • 「依存症」という言葉は本人の人格的価値を傷つける
  • パートナーや社会から強い否定の対象になりうる。

ICD-11が「性依存症」を採用しなかった背景にはこの倫理面の配慮も強くあります。


6. 性依存症(一般語)で語られる臨床像

治療現場で「性依存症」と呼ばれる場合、典型的な特徴は:

◆ 認知・思考

  • 性的空想が止まらない
  • 性刺激に注意が奪われる
  • コントロールできないという絶望感

◆ 行動

  • 性行動に過度な時間を費やす
  • 実害があるのに続ける
  • 性行動のために嘘や隠蔽が増える
  • リスクの高い行為へエスカレート
  • ネットポルノや出会い系への依存的アクセス

◆ 感情

  • 行為前の興奮・渇望
  • 行為後の罪悪感、自己嫌悪、抑うつ
  • 孤独、不安、コンプレックスが動機

◆ 社会生活への影響

  • 仕事の能率低下、遅刻、欠勤
  • パートナーとの関係悪化
  • 家族・交友関係の破綻
  • 経済的損失(課金、買春など)
  • 法的問題(のぞき、盗撮など)

7. 高リスク群

性依存症(CSBDを含む)との関連が示されている特性:

  • ADHD(注意欠如・多動症)
  • 自閉スペクトラム(ASD)
  • 抑うつ障害
  • 不安障害
  • トラウマ(幼少期虐待、性的虐待)
  • 衝動性が高い性格特性
  • 繰り返しの孤立・孤独
  • 依存症の家族歴

特に「不安や孤独を性行動で解消するパターン」が多く報告されています。


8. 性依存症(一般語)の治療方針

正式名称はCSBDですが、治療方法としてはほぼ共通しています。

◆ 1) 心理療法

  • CBT(認知行動療法)
  • ACT(アクセプタンス&コミットメント)
  • DBT(弁証法的行動療法)
  • EMDR(トラウマ介入)
  • マインドフルネス
  • 衝動制御トレーニング
  • 感情調整スキル習得

◆ 2) 社会・行動介入

  • トリガー分析と回避
  • 時間管理・環境調整
  • 支援者ネットワーク
  • パートナーとのコミュニケーション再構築

◆ 3) 薬物療法(個人差)

  • SSRI(衝動性・強迫性の調整)
  • ムードスタビライザー
  • 抗うつ薬(併存抑うつ)
  • 抗アンドロゲン(極端例)
    ※すべて専門医の処方下で検討

◆ 4) 自助グループ(重要)

  • SAA(性的行動匿名)
  • SA(性依存)
  • SLAA(愛と性の依存)
    → 同じ問題を抱えた人の共有・支え・回復ストーリーが非常に役立つ。

9. 「どこからが性依存症?」の誤解

よくある誤解は:

「性欲が強い=性依存症」

これは完全に間違いです。

◆ 正しい判断軸

  • 欲求の強さではなく制御の問題
  • 行為の頻度ではなく生活障害
  • 性癖ではなく苦痛と破綻
  • 価値観ではなく機能低下

これを理解すると、本人も周囲も適切な対応がしやすくなります。


10. 現在の結論まとめ

◆ 短くまとめると

  • 性依存症 = 正式診断名ではない一般語
  • しかし臨床現場・当事者コミュニティで非常に重要な概念
  • 患者の主観は「依存症的」、科学は「衝動制御」
  • 最新診断名はCSBD(強迫的性行動障害)
  • 病態の中核は「制御不能」と「生活破綻」
  • 治療は心理療法中心、必要に応じ薬物療法
  • スティグマ回避のため、医学界は「依存」という語を避ける

11. なぜ「性依存症」という言葉を解説する価値があるのか

理由は簡単で:

  • 患者本人がこの言葉で悩んでいるから
  • 自己分析の入り口が「自分は性依存症では?」だから
  • 言葉が病態理解の第一歩になるから

医学界は将来、科学的根拠が揃えば依存症カテゴリーに入れる可能性も否定していません。実際、ギャンブルやネットゲームはかつて同様に「依存症ではない」とされていましたが、研究が進んで行為依存症として認定されています。性行動も今後の研究により、分類が変わる可能性はあります。

 

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