過剰性欲と性依存症の違い
「過剰性欲/CSBD(Compulsive Sexual Behavior Disorder)」と「性依存症(Sex Addiction)」の違いを、国際的な診断基準(ICD-11)と、臨床・学術領域の用語使用の歴史を踏まえて、わかりやすく解説します。
要点
- 性依存症(Sex Addiction)は、主に臨床実践や依存症モデルで用いられてきた非公式用語。DSMやICDに正式診断名としては採用されていない。
- 過剰性欲/CSBDは、WHOのICD-11で公式に診断分類された疾患概念。依存症カテゴリーではなく、衝動制御障害として整理されている。
- 単純に「性行動が多い=疾患」ではない。本人が制御できず、苦痛や生活障害がある状態を指す点が共通の核心。
- 依存症モデル vs 衝動制御障害モデルが、臨床介入の視点の違いをつくる。
1. 用語の背景と位置づけ
「性依存症(Sex Addiction)」とは
- 歴史的に先行した概念で、1980年代〜2000年代に臨床現場や自助グループ(SA, SAA など)を中心に普及。
- 考え方の核は「依存症モデル」(アルコール依存やギャンブル依存と同様の脳報酬系の変化、耐性、離脱など)。
- ただし、DSM(米国精神医学会)にもICD(WHO)にも正式な診断名として採用されていない。
- DSM-5(2013)でも採用見送り。
- 性的嗜好の多さと病的行動制御の区分が難しい、科学的合意が未成熟、文化的価値観の影響が大きい、などが理由。
つまり「性依存症」は、臨床実践の言葉であり、公式の医学診断用語ではない。
「過剰性欲障害/CSBD」とは
- 2018年に、WHOがICD-11で公式採用した診断名:Compulsive Sexual Behavior Disorder。
- カテゴリーは「衝動制御障害群(Impulse Control Disorders)」。
- ギャンブル障害(ICD-10では衝動制御障害)との歴史的関連もある。
- 中核は
- 性的衝動や行動が反復・持続し、
- 制御の喪失が存在し、
- 本人に強い苦痛または生活機能障害が生じ、
- 6か月以上持続、文化・価値観による「罪悪感」だけでは診断しない。
2. 「依存症モデル」と「衝動制御モデル」の違い
性依存症(依存症モデル)
特徴的な見方:
- 「脳の報酬系のハイジャック」という考え方
- 耐性(刺激に慣れ、より強度を求める)
- 離脱(やめると不快症状)
- トリガー→渇望→行動→後悔のサイクル
- 介入は依存症治療(自助グループ、12ステップ、回避、リラプス防止)
ただし、科学的に耐性・離脱の定義が「薬物依存と同等」とまでは言えない事例が多く、研究者間で議論がある。
CSBD(衝動制御モデル)
特徴的な見方:
- 「止めたいのに止められない」制御機能の障害
- 葛藤と自己制御の失敗
- 衝動の反復と強化(習慣化)
- 感情調整のための性行動(不安・孤独・ストレス回避)
- 介入は認知行動療法(CBT)、衝動コントロール訓練、感情調整、社会介入
「依存症」よりも、「強迫性・衝動性」という精神医学モデルが中心。
3. では、臨床現場ではどうなっている?
実際には—
- 患者は「性依存」と表現して来院するケースが多い
→ 一般語としての認知度が高いから。 - 医師・心理専門家は、ICD-11基準に沿ってCSBDとして評価・診断する流れが強い。
- 学術研究ではCSBDが主流
→ 国際論文、疫学研究、尺度開発はCSBD中心。
つまり、
「言葉としての性依存症」 vs 「診断基準としてのCSBD」
という棲み分けが現代の姿。
4. 診断上の違いを具体的に比較
A. 診断基準の有無
- 性依存症:公式の診断基準なし(自助団体や臨床家ごとに多様)。
- CSBD:ICD-11で定義、診断基準あり(6か月以上、制御困難・苦痛・機能障害)。
B. カテゴリー
- 性依存症:依存症として扱う(物質使用障害に類似)。
- CSBD:衝動制御障害(OCDやギャンブル障害に近似)。
C. 何が「病的」か
- 性依存症:依存症概念(耐性、離脱、渇望)。
- CSBD:制御の喪失、生活破綻、苦痛。
D. セクシャルバリエーション
- どちらの概念も基本的に、「性行動の頻度」そのものを診断基準にしない。
→ 多いだけでは疾患ではない。本人の機能障害が核心。
5. 問題が複雑になるポイント
1)文化倫理・道徳と病理の混同
- 罪悪感や恥(シェイム)は文化に依存するため、「悪いと思っている=疾患」ではない。
- CSBDは、その点を明確にした「文化的規範とは独立した病理」を定義している。
2)ポルノ依存という言葉
- 「ポルノ依存」も流通しているが、
- 研究は「Problematic Pornography Use(PPU)」として、制御困難性が焦点。
- 依存症モデルは必ずしも採用されていない。
3)ゲーム・ギャンブルとの類似点と相違点
- ギャンブル障害はDSM-5で「行動嗜癖」として物質依存と同列に扱われた。
- 性行動の病理分類は、まだ科学的合意形成の途中。そのため慎重な診断が必要。
6. 臨床介入の違い
性依存症(依存症モデルの場合)
- 12ステッププログラム(SA/SAA)
- トリガーマネジメント
- 回避目標(行動制限・リラプス防止)
- グループセラピー
- 心理教育(依存のサイクル理解)
CSBD(衝動制御モデルの場合)
- 認知行動療法(CBT)
- 感情調整スキルの獲得(情動調整)
- 衝動制御トレーニング
- 過度な回避ではなく、健全な性生活の自律的構築
- 性教育・価値観整理
- 社会・行動介入(孤立改善、生活構造化)
※近年は両モデルが融合する傾向(例:依存症的理解 + CBT)。
7. なぜCSBDが公式採用されたのか?
WHOがICD-11でCSBDを採用した理由は、
- 世界的に臨床需要があり実害も大きいこと(失職、家庭破綻、法的問題)。
- 依存症モデルだけでは説明できない強迫性・衝動性の側面が強いこと。
- 「性依存」という社会的言葉ではなく、医学的に安全な定義が必要だったこと。
- 性的多様性や文化倫理の評価を避け、客観的診断基準を明確化する必要性。
8. まとめ
- 性依存症:一般語・臨床語、依存症モデル、診断名ではない。
- CSBD:医学的正式診断名、衝動制御障害モデル、ICD-11に採用。
- 違いは「科学的定義」「診断基準の有無」「介入モデル」と言える。
- 患者にとっては、どちらの言葉で呼ぶかよりも、制御不能性と苦痛が治療の中心になる。






